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東京高等裁判所 昭和50年(く)91号 決定

申立人(弁護人) 山田有宏

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告の趣意は、弁護人山田有宏提出の抗告申立書記載のとおりであるから、これを引用する。

所論は、本件保釈保証金没取決定が被告人、弁護人に送達される以前、すなわちこれが送達によつて外部的に成立し執行力を有するに至るまえに、被告人は原審判決宣告期日に自主的に出頭し、懲役八月の実刑判決の言い渡しを受け収監されたから、結局右没取決定は違法に帰し、取り消されるべきであると主張する。

しかし記録および当審における事実取調の結果によると、被告人は昭和四九年一一月二四日覚せい剤取締法違反被疑事件で勾留され、同月三〇日勾留のまま東京地方裁判所に起訴され、同年一二月一〇日保証金を一〇〇万円、うち三〇万円は弁護人の保証書によることで保釈許可決定され、翌一一日釈放されたこと、同五〇年五月七日検察官が度重なる公判期日への不出頭を理由に保釈取消の請求をし、原裁判所がこれを容れて即日保釈許可決定を取り消し、保釈保証金のうち現金七〇万円を没取する旨の決定をし、直ちに検察官に同謄本を送達したこと、その後同月一三日の原審第六回公判期日に被告人が出頭し、同日午前一〇時三〇分に懲役八月の刑に処する旨の判決の言い渡しを受けたこと、その直後検察事務官が被告人に対し、実刑の言渡しによる緊急収監をする旨を告げて被告人を仮留置場に収容したこと、そして約三時間後の同日午後一時五〇分ころ、被告人に対し保釈取消決定があつた旨を告げ、勾留状謄本および保釈取消決定謄本を示して収監したこと、同日午後二時ころ東京地裁書記官が被告人に本件保釈取消・保証金没取決定謄本を交付送達しようとしたが、被告人がこれを拒否したこと、このような経緯をへて同謄本が同月一九日被告人に適法に送達されたこと等の事実を認めることができる。

以上の事実に、本件保釈取消・保証金没取決定の効力をめぐる解釈上の問題点、たとえば、同決定は検察官には適法に送達され、外部的にも全然効力を生じなかつたとはいえない状況にあつたと思われること(被告人が逃亡しているような場合には、法律上、検察官は、保釈取消決定の謄本とともに勾留状の謄本を示して被告人を収監することができると解する余地もある)、被告人が同決定の書記官による交付送達を拒まなければ、そのとき適法な送達が行なわれ、保証金没取のことも十分知りえたとみられるが、これは、収監のわずか一〇分後であること(実刑の言い渡しも保釈取消決定も保釈を失効させるだけで、収監は結局勾留状の効力によるものと解される。)、保釈保証金の没取は保釈の取消と同時に決定でされるのが通例であるが、本来別個の決定で、独自の目的・機能・効果を有し、常に保釈取消決定の失効と同時に(つまり、保釈取消決定を執行する必要・実益がなくなることによつて直ちに)、効力を失うものではないと解するのが制度の趣旨にかんがみ合理的であると思われること等の事情をあわせ考えれば、すくなくとも、本件のような特殊な事情の存する場合には、被告人が実刑の言渡しによる保釈の失効の結果収監されたとしても、保釈保証金の没取決定まで効力を失い、これを執行できなくなつたと解するのは相当でない。論旨は理由がない。

そこで、刑訴法四二六条一項後段により本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 横川敏雄 斎藤精一 中西武夫)

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